2018年9月10日月曜日

おはらい町の昔と今

 江戸時代の伊勢神宮や伊勢(山田、宇治)の町の様子はどのようなものだったか、また、その繁栄や賑わいはいかばかりのものだったかを今に伝えてくれるのが 伊勢参宮名所図会 という書物です。
 江戸幕府による統治が始まって約200年を経過した江戸時代中期の1797年(寛政9年)、大坂の版元から秋里籬島(あきさとりとう)を著者に、蔀 関月(しとみかんげつ)を絵師として出版された全5巻の伊勢参りのガイドブック、それが伊勢参宮名所図会でした。
 全体で数百ページにも及び、京の三条大橋や東海道の桑名から、それぞれ伊勢神宮に向かう道沿いの名所、旧跡、風俗などが詳細に書かれています。挿絵も大変に精密なもので、全国からやってくる参宮者にとっては心強いガイドブックだったでしょうし、それ以上に伊勢参宮を実際に体験した人々 ~当時の庶民にとってそれは一生に一度の大旅行だった~ の追体験、さらには自らは旅に出られない人々の伊勢への想像を巡らせる、心躍る書物だったことでしょう。
 
 伊勢参宮名所図会は刊行当時からベストセラーになったらしく、今でも各地の図書館などに現物が保管されていますし、明治以降になって活字化された復刻版や、最近では早稲田大学の古典籍総合データベースなどインターネットでも公開されていたりして、比較的容易に見ることができます。
 当時の読者は一般庶民(農民、町人)だったでしょうから文章自体は平易な内容かと思いますが、なにぶん崩し字で書かれているので、読むことはなかなかに難しいものがあります。しかし挿絵を見ているだけでも面白いので、伊勢神宮に関心がある方はぜひ一度ご覧になってみてください。(早稲田大の関連リンクはこちら) 

 たとえば、今は「おかげ横丁」が有名観光地になっている、伊勢神宮・内宮(ないくう)の参道である、通称「おはらい町」付近の光景。伊勢参宮名所図会ではこのようになっています。



 絵の下の部分に、おはらい町の街並みが描かれています。ちなみに左側が内宮側、右側が現在の宇治浦田町方面になります。
 当時も家がびっしりと立ち並んでいた様子がよくわかりますが、注目すべきなのは中央やや左に、不動堂とか法楽舎といったお寺が描かれていることです。江戸時代は伊勢神宮でも実態として神仏習合が進んでおり、境内のすぐ近くに大きなお寺があって、多くの僧が天照大神のための読経や祈祷といった仏事(これを法楽と言います)を行い、たくさんの参詣客を集めていたのです。
 街並みの右端にも大きなお寺の建物が見えますが、ここが慶光院。戦国時代に戦乱によって廃絶していた式年遷宮や宇治橋の架け替えの再興に奔走した僧尼(女性のお坊さん。つまり尼さん)である慶光院上人が創建したもので、長らく伊勢神宮に隠然とした影響力を有していました。

 で、比較として、グーグルアースで同じ場所を同じようなアングルで俯瞰してみたのがこの絵です。



 絵の最下段を左から右に流れるのが五十鈴川。同じく左側が内宮方面に当たります。
 町並みはほぼ同じように残っていますが、これは平成5年の第61回式年遷宮に合わせて街並みが整備されたものです。不動堂や法楽舎は明治時代の廃仏毀釈によって破却され、民家になったため、今となってはまったくわかりません。
 慶光院も同じく廃寺となりましたが、その後は伊勢神宮の祭主の宿舎に転用されたため、建物は今でも残っています。

 現代から数百年昔にまで容易に遡れる伊勢の地に、皆さんぜひお越しください。

2018年9月9日日曜日

一日参りという新しい風習

 前回のブログでは「一日参り」(ついたちまいり、朔日参りとも)について書きました。
 るるぶなど一部の観光ガイドブックには、伊勢(ここで言う伊勢とは、伊勢神宮の鳥居前町である宇治や山田のことです)には、毎月の始めに当たる一日に神宮にお参りする「一日参り」の風習がある、などと書かれていることがあります。


 しかし、この一日参りという風習は、長い伊勢の歴史の中では比較的新しい流行です。 
 もちろん古来から特に敬神に厚い人々は実践してきたのでしょうが、伊勢の古老に聞いても、あくまでも一部の人が行っていたかもしれない程度のもので、伊勢ならではの一般的な風習とまで呼べるものではありませんでした。

 古来から全国的に多かった一日参りは、八月一日の「八朔参り」というものです。これは五穀の豊穣を感謝するために起こった風習のようです。
 伊勢神宮の外宮(げくう)では民間団体の主催により「ゆかたで千人参り」という、涼しくなった夕方に浴衣姿で参ろうという八朔参りのイベントが行われてたりします。


 夕闇が迫る中、蝉しぐれの参道をそぞろ歩く人々の姿はなかなかに幻想的です。(ただし、まだめっちゃ暑い!)


 きっと明治時代や江戸時代、それより前の人々もきっとこんな風に一日参りしていたのだろうと思いたいところです。
 しかし、昭和30年に伊勢神宮(神宮司聴)が発行した 神宮教養草書 第二集 伊勢信仰と民俗 という本によれば、伊勢では古来、参宮すべき日は毎月二十八日とされていました。
 この本の著者は井上賴壽という伊勢出身で京都で活躍した教育家だそうです。
 井上によれば、二八日参りは江戸時代中期の外宮神職・喜早清在が著した「毎事問」という書物に記載があるそうで、「廿八日(二十八日)は日月の合う初めで祝日である。廿八宿の終を慎むともいう。」と説明されています。
 ただ、うーん、私にもこの説明はよくわからないのですが・・・・・

 伊勢神宮や伊勢参りに関しては、江戸時代あたりから現代まで、実に多くの研究書、教養書、旅行案内、随筆、日記などが書かれており、その全部を読むことは不可能です。
 しかし、私が個人的に何冊か読んだ明治時代以前の庶民の参宮や風俗に関する本でも「一日参り」についての記述を見たことがありません。率直に言って、「一日参り」が伊勢で一般的であったという根拠はないのです。
 
 伊勢神宮の一日参りに関して、今、最も有名なのは、赤福が毎月一日の早朝に数量限定で販売する「朔日(ついたち)餅」でしょう。赤福が昭和初期から発売していた八朔餅を拡大リニューアルし、毎月の「ついたち餅」として発売開始したのは昭和53年。
 この年は昭和48年に斎行された第60回式年遷宮による参宮客の増加が一服した年であり、赤福をはじめとした観光業者は、何らかのテコ入れを真剣に考えていた時期だったと思います。
 この当時、赤福の社長だった濱田益嗣氏は「朔日餅は季節ごとのコミュニケーショングッズ。価格も安く、企業が顧客へのグリーティングに大量購入している。」といった興味深い発言もしています。
 彼の天才的な販売戦略の一つとして、伊勢では古来から一日参りが風習になっている、という説が広められたのではないでしょうか?

2018年9月1日土曜日

9月の一日参り

 2018年もいよいよ9月。
 猛暑日が続き、台風や豪雨も多く、後年はきっと「平成最後の年は異常気象の年だった」などと評されるようになるのかもしれませんが、やっと少しではありますが、秋の気配が漂ってきた気がします。

 朝、散歩がてら、伊勢神宮の外宮(げくう)にお参りに行ってきました。


 蒸し暑く、小雨がぱらつく朝でした。この時間帯はまだ参拝客も多くなく、ゆったりと参道を歩くことができます。

 外宮は正式には豊受大神宮(とようけだいじんぐう)といいます。
 内宮(皇大神宮)が鎮座してから500年ほど後に、内宮の祭神である天照大神(あまてらすおおみかみ)の神託によって、天照大御神の食事など身の回りの衣や食を司る神様として今の福井県に当たる神社からこの伊勢の地に招かれたのが外宮の祭神である豊受大御神(とようけおおみかみ)です。


 古殿地(こでんち/平成25年の第62回式年遷宮によって現在の社殿に引っ越す前まで、外宮の正宮はこの敷地にあった。)から現在の社殿が臨めます。
 はるか奥、屋根が黄金色に輝いているのが外宮の正宮、つまり豊受大御神が鎮座しているお宮になります。

 さて、今日1日を含め、毎月11日と21日は、朝8時過ぎから神馬の牽参(けんざん。見参とも。)というものが行われます。
 伊勢神宮には皇室から神様に奉納された神馬が飼われており、こうして定期的に神前にお目見えする祭事が行われているのです。
  このイベントは、ふだん馬などなかなか見られないこともあって参詣客の人気を集めており、この時も100人近くの人々が馬が牽参する様子をカメラに収めていました。


 ちなみに、神馬にはちゃんと名前があるのですが、この馬が誰なのかは不明。たぶん「草音」だと思うのですが。
 でっかい一眼持ってたマニアに聞いてみたらよかった。

 この神馬、神職に曳かれて外宮拝殿の鳥居前に静止すると、ちゃんと頭を下げて、本当に参拝しているように見えます。


 その瞬間は、周りの参詣者からもどよめきが起こりました。
 この後、再び手綱を曳かれて引き返し、御厩(みうまや)に戻っていきました。天候や馬の体調にはよるそうですが、何時間かはこの御厩につながれているそうで、参拝客も間近で神馬を見ることができます。
 
 この神馬牽参は、外宮だけでなく、もちろん内宮でも同じように行われています。

Sacred horses are kept in Ise Jingu. They will visit the main shrine on the 1st, 11th, and 21st of every month.
Ise Jingu is deeply related to the Japanese Imperial Family and they were given to here from the Emperor.

「MYひしゃく」でコロナ対策!?

  伊勢神宮・内宮の近くにある神宮会館で、参宮用の柄杓(ひしゃく)を販売していると聞いたので行ってみました。神宮会館は伊勢神宮崇敬会なる信徒団体が運営している宿泊施設で、私が子供のころは確か会員制で古色蒼然とした建物のホテルでしたが、20年ほど前に全面改築され、現在は誰でも泊まれ...