江戸時代の伊勢神宮や伊勢(山田、宇治)の町の様子はどのようなものだったか、また、その繁栄や賑わいはいかばかりのものだったかを今に伝えてくれるのが 伊勢参宮名所図会 という書物です。
江戸幕府による統治が始まって約200年を経過した江戸時代中期の1797年(寛政9年)、大坂の版元から秋里籬島(あきさとりとう)を著者に、蔀 関月(しとみかんげつ)を絵師として出版された全5巻の伊勢参りのガイドブック、それが伊勢参宮名所図会でした。
全体で数百ページにも及び、京の三条大橋や東海道の桑名から、それぞれ伊勢神宮に向かう道沿いの名所、旧跡、風俗などが詳細に書かれています。挿絵も大変に精密なもので、全国からやってくる参宮者にとっては心強いガイドブックだったでしょうし、それ以上に伊勢参宮を実際に体験した人々 ~当時の庶民にとってそれは一生に一度の大旅行だった~ の追体験、さらには自らは旅に出られない人々の伊勢への想像を巡らせる、心躍る書物だったことでしょう。
伊勢参宮名所図会は刊行当時からベストセラーになったらしく、今でも各地の図書館などに現物が保管されていますし、明治以降になって活字化された復刻版や、最近では早稲田大学の古典籍総合データベースなどインターネットでも公開されていたりして、比較的容易に見ることができます。
当時の読者は一般庶民(農民、町人)だったでしょうから文章自体は平易な内容かと思いますが、なにぶん崩し字で書かれているので、読むことはなかなかに難しいものがあります。しかし挿絵を見ているだけでも面白いので、伊勢神宮に関心がある方はぜひ一度ご覧になってみてください。(早稲田大の関連リンクはこちら)
たとえば、今は「おかげ横丁」が有名観光地になっている、伊勢神宮・内宮(ないくう)の参道である、通称「おはらい町」付近の光景。伊勢参宮名所図会ではこのようになっています。
絵の下の部分に、おはらい町の街並みが描かれています。ちなみに左側が内宮側、右側が現在の宇治浦田町方面になります。
当時も家がびっしりと立ち並んでいた様子がよくわかりますが、注目すべきなのは中央やや左に、不動堂とか法楽舎といったお寺が描かれていることです。江戸時代は伊勢神宮でも実態として神仏習合が進んでおり、境内のすぐ近くに大きなお寺があって、多くの僧が天照大神のための読経や祈祷といった仏事(これを法楽と言います)を行い、たくさんの参詣客を集めていたのです。
街並みの右端にも大きなお寺の建物が見えますが、ここが慶光院。戦国時代に戦乱によって廃絶していた式年遷宮や宇治橋の架け替えの再興に奔走した僧尼(女性のお坊さん。つまり尼さん)である慶光院上人が創建したもので、長らく伊勢神宮に隠然とした影響力を有していました。
で、比較として、グーグルアースで同じ場所を同じようなアングルで俯瞰してみたのがこの絵です。
絵の最下段を左から右に流れるのが五十鈴川。同じく左側が内宮方面に当たります。
町並みはほぼ同じように残っていますが、これは平成5年の第61回式年遷宮に合わせて街並みが整備されたものです。不動堂や法楽舎は明治時代の廃仏毀釈によって破却され、民家になったため、今となってはまったくわかりません。
慶光院も同じく廃寺となりましたが、その後は伊勢神宮の祭主の宿舎に転用されたため、建物は今でも残っています。
現代から数百年昔にまで容易に遡れる伊勢の地に、皆さんぜひお越しください。
2018年9月10日月曜日
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